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岩石城

(がんじゃくじょう)

岩石城は、福岡県田川郡添田町に位置していた日本の山城です。標高454mの岩石山の山頂に築かれ、その堅固さから「豊前一の堅城」として名高い歴史を持っています。

岩石城の概要

岩石城は、福岡県田川郡添田町添田1788番地の2にありました。この城は、標高454mの岩石山山頂を中心に構築された山城であり、自然の地形を活かした堅固な城として知られていました。

築城の歴史

岩石城は、平清盛が大宰大弐であった保元3年(1158年)に、家臣の大庭景親によって築かれたと伝えられています。平氏の時代から始まり、後に大庭氏が数代にわたり城主を務めることとなりました。

この城はその後、菊池氏、大友氏、大内氏、秋月氏、そして豊臣秀吉など、時の権力者たちに幾度も攻め落とされ、その都度城主が変わる運命をたどります。特に秀吉の九州征伐以降、小倉城の付城として重要な役割を果たしました。江戸時代初期の元和元年(1615年)には、元和の一国一城令により廃城となりました。

現在の岩石城

1991年には、岩石城の山麓に7億5000万円の費用をかけて模擬天守が建設されました。この模擬天守は、地下1階・地上3階建ての美術館として利用されており、入館料は無料です。美術館内からは、展望台に登ることができ、添田町全体を見渡すことができます。

ただし、現在の模擬天守は歴史的な岩石城とは直接関係がなく、城跡としての主要な遺構は山の背後に位置しています。岩石城跡には石垣や堀の遺構が残っており、特に主郭付近からは地域一帯を俯瞰でき、城の重要な拠点であったことがうかがえます。

アクセスと施設

かつては「そえだジョイ」という老人福祉センターから模擬天守に至るスロープカーが運行されていましたが、2014年3月以降は休止されています。現在は徒歩で登ることが可能です。

岩石山について

岩石城が築かれた岩石山(がんじゃくさん)は、福岡県田川郡添田町と赤村の境界に位置する標高454mの山です。古くから修験道の修行場として信仰の対象となっており、登山者や信仰者たちに愛され続けています。

登山道の概要

添田町側からは、添田公園を起点とする登山道が整備されており、山頂まで約1時間で登ることができます。この登山道は「正面ルート」と呼ばれ、山頂の南西に位置する「奥の院」の社付近には休憩施設もあります。

登山道を進むと、岩石城の遺構や巨石群を間近に見ることができ、自然と歴史を同時に感じることができます。春にはタムシバやコバノミツバツツジ、夏にはオカトラノオ、秋にはハゼノキやカエデの紅葉など、四季折々の花や風景が楽しめるのも魅力です。

登山記録の楽しみ

山頂には小さな小屋があり、ここで登山記録を記帳することができます。地元の住民の中には、2万回以上の記録を残している人もおり、登山者にとってこの記録は一種の達成感を味わえるものとなっています。

赤村側の登山道

赤村側からの登山道は、2010年12月に整備が完了しました。このルートは全長約4kmあり、岩石トンネルの赤村側の出入口付近に駐車場が設けられています。ここから林道を経由して登山道に入り、途中に休憩施設を経て山頂へと向かうことができます。

赤村側の登山ルート

赤村側の登山道には、2つの主要ルートがあります。1つ目は「第1ルート」と呼ばれるもので、林道を経て比較的緩やかな道を進むルートです。もう1つは「第2ルート」と呼ばれる「太刀洗」を経由する急峻なルートで、こちらはより短時間で山頂に到達することができます。特に第2ルートは、40分程度で山頂にたどり着くことができるため、急ぎたい登山者に人気です。

登山道沿いには、修験道の遺跡や岩石城の城郭遺構など、約20か所に説明板が設置されており、歴史や信仰の跡を感じながら歩くことができます。

岩石城の魅力

岩石城は、単なる城跡としてだけでなく、修験道の歴史や自然環境とも深く結びついている場所です。山頂からの眺望や、豊かな自然に包まれた登山道は、訪れる人々に癒しと感動を与えます。

特に春の桜や秋の紅葉の時期には、多くの観光客や登山者が訪れ、その美しい景色を楽しんでいます。岩石城跡とその周辺は、歴史と自然が調和した特別な観光スポットとして、今後も多くの人々に愛され続けることでしょう。

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名称
岩石城
(がんじゃくじょう)

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